about us

身の回りにあるどんなものでも, 生活の中には必ずデザインされたものがあります。
もしくはそう謳われていない「何でもない」ものや,
どのような経緯で作られたのか分からないようなものまで,
全て意匠化(デザイン)を経て形にされています。

amplogはそのような普遍的なデザインに対して
“編集(Edit)”“意匠(Design)”“構成(Compose)”を施すことで,
身の回りにある価値を別の価値として置き換えながら,
多義的な検証を展開していくウェブコンテンツです。

あまり耳慣れない専門的なサブジェクト, 既に知り尽くされたアイデアやコンセプト,
それらをamplogの視点で再構築し,
ジャンルやカテゴリーにとらわれない創造的なコンテンツを展開していきます。

Review

06 | Bricolage the maestro

書籍からのブリコラージュ 
ヤン・チヒョルト雑記

April 26, 2015

20世紀に活躍したタイポグラフィの巨匠、ヤン・チヒョルトの仕事や著述は、同時代に活躍したどのグラフィックデザイナーやタイポグラファよりも、議論や研究の対象となっており、彼が活躍した時代から現在までの間、幾度となく繰り返され続けています。今なお回顧展が行われたり訳書などが出版されるのも、チヒョルトという人物が遺したものが、タイポグラフィやグラフィックデザインにおいてとても重要な論点であり、また変わらない価値となっています。

同時代のタイポグラファの中でも、チヒョルトは東欧やアジア圏に関心が強かった人物としても知られており、中国や日本の文化を賞賛していた事も有名ですが、日本においてチヒョルトがどのように認識されてきたのか、いくつかの書籍を例示しながら触知的に見ていきたいと思います。

ヤン・チヒョルトはグラフィックデザイナーであり、タイポグラファでありながらも、理論や技術を実践的な活動以外にも求めた人物で、数多くの著書や編著においてその優れた成果を確認することができます。

和文環境で知るチヒョルト像:
例えば、和訳で読むことのできるチヒョルトに関する著述を大まかにカテゴライズした象限の上に、コンセプト、デザイン、ページにおける図版とテキストの割合を峻別しながらまとめてみると、本格的な訳書こそ少ないものの、チヒョルトの仕事や著作がどのように解釈され広がっていったのか、どのようなコンテクストで語られてきたのかがイメージ出来ると思います。
もしくは「ヤン・チヒョルト」と「Jan Tschichold」という2つの言語をウェブで検索をしてみると、その言葉からまとめられたイメージの違いに、英語圏と日本の捉え方が見えてくるかもしれません。

原弘とチヒョルト:
日本でチヒョルトを紹介した人物として、原弘氏がその役割の一翼を担ったと言ってもさほど批難をうけることはないでしょう。それは、装幀やポスターにおける多数の実績、教職における後進の育成、デザイン事業や組織の創設への参画など、原氏のデザイン界における数多くの功績の他に、彼がドイツ構成主義の造形理論の研究に熱心に取り組んでいたからです。
ドイツを中心に国際的に広がっていった近代タイポグラフィ運動の中で、原氏がどのようにチヒョルトを捉えていたのか。その様子は、『原弘と「僕達の新活版印刷術」』(トランスアート、2002)の中から伺うことができます。この本は、デザイナーであり、また近代デザイン史についていくつもの編著を手がけている川畑直道氏が、原弘という人物史の中で、「僕達の新活版術」と原氏が呼んだ日本における新しいタイポグラフィの視点を中心に扱うもので、原氏の視座を詳細に示しており、そこから日本のタイポグラフィ観との比較もすることで、チヒョルトが日本でどのように受け止められていたのかを推測しています。
ここではチヒョルトの人物史はそこまで取り扱われず、紹介文程度に収まっています。原氏がドイツ構成主義に出会い、チヒョルトが編集した「エレメンターレ・ティポグラフィ」という特集を読んでから、そのレイアウトやタイポグラフィに没頭していき、その研究成果として多くの論文や訳を編者として残していきます。原氏の編著には、モホリ=ナジやバウマイスターに並び、チヒョルトの論考も主要な題材として扱われており、原氏の手がけた仕事を通しながらその背景にあるチヒョルトの『ディ・ノイエ・テュポグラフィ』の理論を紹介しています。

広がる新しいタイポグラフィの旗手:
もちろんこれらは「デザイナー 原弘」を構成した要素として、チヒョルトという存在がどのような素養となったかを追うものであるため、より接近した視点を読むには「現代デザイン理論のエッセンス」(ぺりかん社、1966)に寄稿した論文が適当かもしれません。ここでは、チヒョルトの理論と実践が時代をどのように切り取っていたか、そして彼の提唱した「本質的タイポグラフィ」にある〈本質的〉なる部分がどのようなものであったのか。原氏はまさにチヒョルトの思考を追体験するように、彼が展開した理論をその他の芸術界を見渡しながら紹介しています。その評価は主に構成主義の流れにある「ニュー・タイポグラフィ」であり、その功績を熱心に論じていますが、その後に転じる新たなデザイン観については、「過去の役割を否定してはいない」というごく短い紹介にとどめています。
この辺りの論文は原氏の原稿や資料を編著した『原弘 デザインの世紀』(平凡社、2005)に紹介されており、また小野二郎氏の著作集『書物の宇宙』(晶文社、1986)でも原氏によるチヒョルトの理論が紹介されています。さらに他の書籍に比べると短文でまとめていますが、『現代デザイン事典』(美術出版社、1969)の中にある「チヒョルトの理論と運動」という論文で、当時の社会におけるデザインの包括的な諸問題を扱う書籍に、チヒョルトの動向そのものを寄稿している点はとても興味深いです。

構成主義/伝統主義:
またチヒョルトは二分化されて語られることの多い人物です。原氏がその様式に感銘を受けた前衛的なタイポグラフィを展開したチヒョルトと、もう一方は、伝統的な古典タイポグラフィに従事した姿を写し出したものです。チヒョルトの人物史を追った時に『ディ・ノイエ・ティポグラフィ』と同じ比重で紹介される大事な部分ですが、異なるタイポグラフィの論旨を導き出したチヒョルト像を、『イワンとヤン ふたりのチヒョルト』(朗文堂、2000)でいくつかの重要な論文と共に劇的な文体で読むことが出来ます。またデザイン誌『アイデア 321号』(誠文堂新光社、2007)はチヒョルトの仕事を豊富な資料と共に網羅した一冊ですが、その紙面デザインは伝統に転換したチヒョルトの(原弘氏曰く、強い主張から自らを解放した)静的な書籍設計をイメージさせます。
またチヒョルトの精力的な著述活動からその二重性を見ることも出来るかもしれません。『アシンメトリック・タイポグラフィ』(鹿島出版会、2013)と『書物と活字』(朗文堂、1998)の2冊の対比は、タイポグラフィにおけるモダンとクラシックをどのように捉えたのかを読み解くヒントになるかもしれません。

書字と活字:
図説で理解するために十分な内容を備えているのが『ヤン・チヒョルト ggg』(公益財団法人DNP文化振興財団、2013)で、これはギンザグラフィックギャラリーで開催されたヤン・チヒョルト展の図録になります。子細にわたって収集された膨大な仕事をカテゴライズし、チヒョルトの多才を深く掘り下げる内容になっています。特に書体設計において、晩年に制作された名作書体「Sabon」の他に、初期の構成主義から派生した「Transito」「Saskia」「Zeus」などのジオメトリックな書体の資料を紹介している点は重要です。これによりチヒョルトの「ディ・ノイエ・ティポグラフィ」で展開している理論と実践は、使用する書体にも含まれていた事を示唆しています。

タイポグラファとしてのチヒョルト像で見落としてはいけないのが、優れたカリグラフィを素養としていた若きチヒョルトの姿です。文字造形に関しての知識だけではなく、書字法、造形におけるスペーシング、配置やレタリングなど、すなわち
文字を「手で書く」という技芸によって、彼のタイポグラファとしての良識は培われており、それが後期チヒョルトの仕事における古典への道しるべになっているのです。
例えばチヒョルトが教科書として学んだ、カリグラファーであるエドワード・ジョンストン氏の著作『書字法・装飾法・文字造形』(朗文堂、2005)に目を向けてみると、そこでは技術と方法論はもちろん、本と文字の関係性や美のありかたまで、情熱的とも言える輝きをもって綴られています。その鮮烈さにあてられた早熟の学生が、本書に傾倒していく様を想像するに難くないでしょう。

21世紀のチヒョルト:
これまでも連綿と続いてきたヤン・チヒョルト解題ですが、関連書籍を読んでいくうちに、これからチヒョルトはどのように知られていくのだろうと考えることがあります。訳されていない著作を通して新しい発見を見つけるのも一つでしょうし、また別の角度からキュレーションした展示会があってもいいと思います。
ただ、そのように時代から抜き出してチヒョルトを捉えてもこれまでを焼き直すだけになるでしょうし(もちろん本稿にも言えます)、新しく生まれる個性にとって十分な素養とは言えません。
そのように広く伝えられる情報よりも、前述のジョンストン氏の著作にのめり込むような情熱をもって「チヒョルトを形作っていったもの」を研究し、彼の創意を追体験して得ていく知識こそが、20世紀の偉大なタイポグラファから学べる「これから」の課題なのではないかと思っています。